石少Q

けし粒のいのちでも私たち

月からのエイリアン

ライブ「月ノ美兎は箱の中」は、月からZepp DiverCityへと、月ノ美兎が入った段ボール箱が届けられるという映像から始まった。

聞き馴染みのある待機BGM「雲は流れて」の音声が乱れて、一曲目「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」へと繋がる。「Zepp DiverCity行き from moon」と書かれた段ボール箱が、月から放物線を描きながら飛来してくる。曲の展開が激しくなってくるあたりで、箱の中身が月ノ美兎であることが明かされて、その背景では過去のライブ映像や、くだらない動画たちが星のようにきらめく……。

過去にツイートしたことだが、この「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」の、声の裁断と加工という手法は、VTuberと不可分の二次創作たち、つまり「切り抜き」や「音MAD」や「人力」の存在を想起させる。月ノ美兎は生放送での喋りの上手さを圧倒的な強みとしつつ、同時にそのような他者からの二次的な編集によっても、リスナーたちの中に姿を作っていった人のはずだった。だから、声を激しく切り刻まれながら地球=私たちのもとへと接近してくる、その鋭い演出には思わず息を呑んだ。しかしその箱は、大気圏に突入しても燃え尽きることはない。

夕方のお台場の上空で虹色のパラシュートが開く。宇宙から地球にやって来るってエイリアンみたいだ。そういえば過去にOs-宇宙人も歌っていた。「地球で宇宙人なんてあだ名でも」……宇宙人、とまでは言わなくても、学校や、社会の中での"異質な"存在としての委員長の姿は、これまで語られてきた昔話の中に何度も見てきた。それはVTuber史の中で考えてみても同様だ。にじさんじのやべー奴……私たちは、いつだってその異質さに惹きつけられてきた。

そしてZepp DiverCityに到着した段ボール箱は、台車に乗せられ、実際のステージ上に運び込まれる……これって委員長が幾度となく得意げに話してきた「シュレディンガーの猫」じゃん! シュレディンガー月ノ美兎、とでも言うべきか、過去の発言が伏線のように思えてきて思わず笑いそうになる。月ノ美兎が入っているはずの箱と、三次元的な箱の中に入れるわけがない月ノ美兎によるパラドックスがここに発生して、しかし確かにそのとき私には、その箱の中には月ノ美兎が入っているように思えたのだった。

公演の最後には、ライブタイトルの元ネタとなったエッセイから一節が引用された。「起立しナイト」の終了後、段ボール箱の中に入って、阿佐ヶ谷ロフトから外へと運び出される、「その瞬間わたくしは、どんなイベントの時よりも、どんな配信の時よりも、『今は紛れもなく自分が主人公』だと感じたのだ」。

冒頭の演出は委員長が主人公だった瞬間の再演で、それはこのライブそのものを「箱の中」にするために必要だった。月からのエイリアンが地球で主人公になるために。